あひる隊長のお部屋

アクセスカウンタ

zoom RSS 繋がる努力とバーチャルでも自分を保つこと。

<<   作成日時 : 2015/03/13 13:07   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0



繋がる努力とバーチャルでも自分を保つこと。


あくまで私個人の考えですので、
不愉快な思いしたらごめんなさい。読みたくない方はどうぞスルーで

さいきんぼっちですとか、
チキンですからとか・・・よく見ることがあります。

「繋がる努力はしてますか?」

私は問いたい。

インターネットやSNS多くのツールは巷にあふれてます。
が、そのせいで、実際の人間力、コミュニケーション能力が確実に落ちているように感じます。

それ自体が悪いとは言っていません。私もよく使いますし
便利ですから。

ただし、使い方や使う目的を間違えるととても危険だと思います。

同じことに興味を持つ仲間と知り合える利点はあるでしょうが
その匿名性から、都合が悪くなれば名前を変えて別人になれ、コメントなどにも責任が伴わず、
都合がよいときだけ使えばよいわけです。
嫌になれば消えてしまえばよいという利点?というか弊害お手軽さもあるため

結果、自己としての責任が薄くなり、誹謗中傷を簡単にしたりありえない動画を投稿、
逮捕者が出たりもするわけです。

日常、実施の人間関係ではこうはいきません
自己としての責任はもとより、
コミュニケーションでいうと、相手が嫌いになっても、存在が消えるわけではないですし、
折り合いをつけねばなりません。
好きなら、関係修復や仲直りの為の努力が必須になるわけです。
不義理をすれば失礼に当たります。

これを経験せず、ネットで都合よい人間だけとつきあったり、
嫌になったからシャットダウンということを繰り返していたりすると、

事前にSNSなどで知り合っていないと、実際に会う場では何も言えず、また、嫌われることを恐れるあまり
バーチャルな場でしか雄弁に語ることができないチキン?ぼっち?が出来上がるのではないでしょうか?


私は、普段の人と人とのコミュニケーションがメインであって
それをはぐくむツールとして使う分にはよいと思います。が、

どうもSNSメインの人間関係はどうも違和感があります。
きっかけがバーチャルでも実際の人間関係に発展するならば、それはありだと思うのですが・・・。

今でも大事なことは、電話やあって話したり、手紙を書きますし
もしくは直接メールですね。その方が自分の記憶にも残りますし。

なかなか会えない人には会う努力をします。

3.11でも痛烈に感じたことですが、
明日が平穏無事に来るとは何の保証もないわけです。
限りある時間は有効に使いたいものです。


しり込みするのもわかりますが、実際に同じ場所にいたり、会っているときに
そこで知り合わないのはもったいないと思います。
その場で下を向いてぼっちとなげき 携帯をいじるならば、
お隣の人でも、知らない方でも、話かけてみればいいんじゃないでしょうか?

パーティーなどでも心がけてますが
知らない人と知り合う努力?大事だと思いますよ。
歳をとるとだんだん付き合いが狭くなります。
沢山じゃなくていいんです。一人か二人でも心に響き合う人が探せれば。
大事なのは、インスピレーション

肩書ではありません。最初から自分に有益になるかどうかで判断する人間は
私は好きではありませんし、信用できません。

人間関係って、損得ですか?
損得で動く人の周りには、損得で動く人しか集まりませんので
その場限り。
結局日ごろの付き合いや、大事なつながりは生まれないと思います。

私個人は、その人を人として好きかどうかが判断基準です。
後は、最低限の礼儀かな。


そうやって培った人脈は、努力でどんどん伸びていったり
意外なところで繋がったりもします。そして、頻繁にやり取りをしなくても自然に続きます。
もちろん、その間でも人として疑問にもつようなことがあれば、なくなる縁もあるでしょう。
それはそれ、そこまでの事だと思うことにしてます。

最近例でいうと、わたくしの場合ですが、
ある協会のパーティーでお知り合いになったおじい様
立ち話から始まり興味深く、また教養あふれるお話に虜になりました。
もちろん独占するわけにもいきませんので、そこそこで失礼いたしました。
後から知ったのですが、日本有数企業の創業者家の方だそうです←とまわりがいっていた
それは、あくまで後付けであって私はその人柄にひかれ、お宅にもお招きいただき、たくさんのお話をさせていただきました。
それは、私自身への刺激にもなりましたし、とても素晴らしい経験でした。
お招きいただいてもしり込みすればそれまでです。

もちろん翌日と出かける前にはお葉書でご連絡をさせていただきます。
あ、また会いたくなってきた・・・・お葉書出そうかな。


つながりは海を超えることもあります。
90年代にインターネットが導入された当初、
あるバンドのファンサイトに書き込み、
日本限定アルバムの問い合わせ
    ↓
カセットテープを送ってあげる
    ↓
CDがほしいと言われ、まお金帰ってこなくてもいいかと
現物を送る
    ↓
お金が小切手で送ってこられてから、付き合いが始まり

なんと10回以上も行き来をして
今や、フランスのバスクは私の第二の故郷となるほど
いまや家族ぐるみでお付き合いのあるLissart家
彼らとの出会いも一通のe-mailなわけです。
当時はSNSなどなかったわけですから
かなり手紙やE-MAILでやり取りをしてました。
それを捨ててしまったり、努力をしなければ、決して会うこともなく
この縁はなかったとおもいます。
今、フランスに多くの友人がいるのは彼のおかげに他なりません。

また、元英語教師のR氏
現在は大学の教師で、テレビのリポーターや通訳としてご活躍ですが、
彼が日本に来て最初にできた友達と言ってくださいます。
もともとのきっかけは、彼が教師だったこころ、レッスンの中で、
今度京都に行くんだけど、おすすめの京都の寺院は?
と聞かれて、情報や地図を後日お渡ししたところから始まっています。
彼とはもう二十年近い付き合いで、
偶然ですが、彼が共通の知り合いだったことで、
前大阪総領事のパートナーの方の甥御さんをイベントに招待したり、
公邸にお招きいただくきっかけにもなりました。

とあるまつりに出るために、初めてのボッチ参加(笑)だったので、
周りに迷惑をかけないように、情報を勉強、収集中に、
見も知らぬ私の質問に一生懸命答えてくださった方 
何とかまつりの中でお顔を合わすことができましたが、ほんの一瞬でした。
その後もお互いコンタクトを取り合い、折に触れて集まったり食事をしたり、
今や関西で本当に大切な友人の一人になっています。
そこで会ってその場で終わらせないポリシーが同じためか、
とても気が合う、かけがえのない絆です。

ほんの小さなきっかけからかけがえのない友人、尊敬できる知人につながるんです。

最初はSNSでもぜんぜん問題はないです。
ただ、そこからつながる、つなげる努力が必要だと思います。
待っているだけでは生まれません。自分で動かなきゃ。

近況報告や、面白いと思ったことをSNSでながすことは、
良いと思います。
ただし、責任をもってバーチャルの中とはいえ
自分自身であらねばならないと私は思っています。

人間関係あってのツールとしてのSNSで
SNS=人間関係では決してないということです。

どれだけフォロワーが多かろうが、ネットでの友人が多かろうが
実際にあなたを助けてくれる人、その中で何人いますか?
私は、自分が困って助けを求めたときに、助けてくれようとする友人はいると思っています。
(自分だけがそう思ってるかもしれませんが(笑)
また、友人が困っているなら、何とか助けてあげたいと思います。
もちろん自分のポリシーや事情の中でということですが。

なんだかんだ言っても、実施の人間関係を大事にしたほうが良いということです。

私は誰かが近くにいらっしゃると聞けば、可能な限り会いたいと思いますし
また先方が合いたいと思っていただけるならば、感謝して
あえるときには会う努力をすることを心掛けております。


そうやってできた人間関係は私にとっての宝物です。


ボッチだとかなんとか自分に言い訳をして、かまってもらうのを待つのなら
一歩踏み出して、自分から関係を構築したり、誘ったりしたらいいんじゃないでしょうか?



つらつらと思いつくまま書いてしまいました。
ま、聞き流してください(笑)

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
繋がる努力とバーチャルでも自分を保つこと。 あひる隊長のお部屋/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる